肴は炙ったイカでいい

評論家・柴崎祐二による雑録

冬にわかれて『forgotten』レビュー

「忘却」からつながるとき――無意味と闇を越えて響き来る音

昨日のこと。何年も前のあの日のこと。どれほど時間が経ったのか定かでないほど遠いいつかの日のこと。毎日、毎時間、毎秒。私たちはそうした過去の出来事や、もの、人、経験を忘れ続けている。それらのものやこと、人の存在を忘れてしまうことについてどんなに強い哀切の念を抱こうとも、そうした思いを宿す私達の肉体もいつしかこの世界から消えていく。それは、あまりにも心細く残酷であり、全てが無意味の宇宙へと誘い込まれていくような不安を私たちに投げかける。

しかし、忘れること、忘れられること――「忘却」とは、そのようにただ酷薄なだけの何かに過ぎないなのだろうか。忘れること、忘れられることの先には、暗く深い闇が待ち構えているだけなのか。

冬にわかれての4枚目のアルバム『forgotten』は、この「忘却」というフェノメノンに、音楽というそれ自体が常に「忘却」へと開かれた営為を通じて肉薄しようとする。

本作における彼らの演奏・歌唱は、楽曲ごとにごく多様な志向性を映し出しつつも、一方では明らかに統一的な「バンド」としての力学が感じられるものとなっており、しかもその紐帯はより一層力強さを増している。作を追うごとに深化してきたハーモニーとリズムの実験も、ここへきて更に一段上のレベルへと達したように感じられるし、シンセサイザーやパーカッション等を交えた音像も、過去作の中でもっとも色彩豊かだ。

かといって、ここで聴ける音は、録音物として刻まれた「揺るぎなき作品」としての性格を――言い換えるならば、永続的な外殻を持った作品としての不滅性を宣言するような不遜さは全く持ち合わせていない。それよりもむしろ、どこまでも流動的で、「はじまり」や「おわり」の区切りをおのずから溶かし出すようなイメージを喚起する。浮かんでは消え、消えては浮かぶ音が、互いを溶かしあい、そしてそのにじみの模様自体もいつしか消えていく。

翻って言えば、本作のサウンドが喚起するこうした印象というのは、私たちがなにがしかのものやことを忘れていくときに抱く、ある記憶のイメージが徐々に溶け出していくようなあの感覚と近しいのではないか。つまり、私たちが何かを忘れていくときに体験するあの非線形状の感触が、ここでは見事に音として表現されているように感じられるのだ。

私たちがこの世界の中で経験している通り、「忘却」には、前触れと残響があり、予感と残像がある。ともすれば私たちは、そうしたこと自体を「忘却」してしまいがちだが、忘れること・忘れられることというフェノメノンは、ごくひそかに、しかし拭い難い痕跡の残像を世界に映じていくのだ。おそらく音楽の持つ根源的な存在意義の一つには、この世界におけるそうした「忘却」の前触れや痕跡を、反転した判じ絵のような形で賦活していくという機能があるのだと思う。私たちがある音楽を聴く時、なぜこれほどまでに感情の豊穣を促されるのか。それはおそらく、音楽という現象の中に、永遠の時間や過去や記憶、現在、未来へのこだまが、「忘却」というフェノメノンを内在しつつもなお確かに鳴り響いているからなのではないか。もっといえば音楽とは、それ自体が「忘却」を二重写しにした流動的なフェノメノンなのではないか。

私たちは、誰一人として「忘却」から逃れることができない。忘れもするし、忘れられもする。ただ、全ての人々が常に忘却へと誘われてあるということ自体が、世界から忘れ去られることはない。逆側からみれば、そのことを私たちが無視しようとするときに、無意味と闇はやってくるのだ。だとするならば、その無意味と闇を作り出したのは世界の側なのではなく、他ならぬ私たちなのかもしれない。

『forgotten』に収められた――というよりも、ここに「流れている」――音楽は、私たちを「忘却」のニヒリズムから救い出し、「忘却」が宿命付けられた世界において音を奏で、声を重ね合わせることを通じて、再びあなたとつながろうとする。私たち一人ひとりは、忘れるということを忘れないために、己のみを頼ることはできない。音楽は、人々の記憶と今、未来を再び紡ぎ合わせることができる。きっと、私たちがそのことを忘れてしまったとしても、そうなのだ。音楽は、覚えていてくれるのだ。

 

柴崎祐二

============================

*本レビューは、同作リリースに際し、発売元配布のプレス資料向けに書かれたものです。発売元の許可を得て、こちらに転載致します。

 

【作品概要】

発売日:2026 年 5 月 6 日(水)
品番・価格:KHGCD-006 ¥3,410(本体 ¥3,100)
発売元:こほろぎ舎
販売元:PCI MUSIC

 

【収録曲】

1 somewhere
2 夜半の火の子守歌
3 ペパーミント・タイムズ
4 シーフー
5 風のうわさ
6 東京レイン
7 素粒子のダンス
8 tandem ⅲ
9 君の旅
10 みらい

 

プロデュース:冬にわかれて
レコーディング・スタジオ:STUDIO Dede、藤野芸術の家、あだちさんち
レコーディング・エンジニア:飯塚晃弘(studio Chatri)、あだち麗三郎、伊賀航
ミキシング・エンジニア:あだち麗三郎、伊賀航
マスタリング・エンジニア:風間萌(studio Chatri)
アートワーク:鯵坂兼充
デザイン:TAKAIYAMA inc.

寺尾紗穂『わたしの好きな労働歌』レビュー

仕事柄、一部の限られた界隈で支持される「マニアック」な音楽や、反対に、世間一般で話題となっている流行音楽を聴き、それについて考える機会が多いのだが、正直に言えば、そんな生活を続けているうちに、ふと虚しさを感じてしまうことも少なくない。そして私は、これまでそういう状態に陥るたびに、無性に寺尾さんの歌と演奏を聴きたくなり、再び音楽のパワーに魅入られるという経験を重ねてきた。寺尾さん歌がなぜそうやって響くのか自分でも長く不思議に思い続けていたのだが、今回のアルバム『わたしの好きな労働歌』を聴いて、ようやくはっきりと理由が分かった気がする。

日本の労働歌というと、近代の産業化の流れとともに労働運動と結びつき、ある時期以降一種の党派性を特に色濃く投影されてきたというのも紛れもない事実だ。一方で、その起源と継承の歴史をたどれば、なによりもまず、肉体を使役しながら働く人々が自らを鼓舞し、癒やし、ときにユーモラスに自己を対象化する存在として、多くの人々の生活の中で共有されてきたものである。

そこに「民衆のリアル」を見出し、現代の視点から歴史的なロマンチシズムを投影することは簡単だ。だが、寺尾さんの場合、優れたソング・キャッチャーとしてそれらを発掘し民俗学的な興味に供するにとどまらず、私達自身の現代生活を形作る様々な感情の束へと、丁寧かつダイナミックに合流させてみせる。そうした表現の持つ力を、アレンジの妙とか巧みな歌唱とかいった表層的なレベルから分析してみるのも面白いだろうが、きっとそれ以上に重要なのは、素材としての歌の数々へ、自らの感情や身体、想像力を思い切り預けてみせるやり方の果敢さ、迷いのなさにあるのだと思う。

彼女の手にかかると、日本各地で歌われた労働歌が、個別の歴史性や、そこに託されてきた様々な眼差しを超えて、にわかに現在の私達の感情世界へと接続されていく。当然ながらその経験は、今もなお私達が様々な「労働」の中で心身を摩耗させていること、更には、それを取り囲む経済システムの存在自体にも再度意識を向けさせてくれるだろうし、おそらくはもっと根源的な働きとして、音楽という不思議な存在が、かつてどのような形で社会の中で共有され、かつ、個人の生活感情を活性化させてきたのかということに、今一度思いを至らせてくれるのだ。

私達はともすれば、「シーン」やら「産業」といった、本来は恣意的に括られたものでしかない世界の内部で音楽を消費させられることに慣れきってしまう。現代において、一人の優れたシンガーソングライターが、いにしえの労働歌に、歴史の一場面に固定された伝承歌としてではなく(きっとここが何より肝要なのだが)ポップ・ミュージックとしての命を吹き込むという営みは、まさに、音楽が「作品」である以前に純然たる「行為」のコミュニケーションであったことを、私達に力強く思い出させてくれる。

労働歌は、気づけばあなたの周りに、それどころかあなたの心の中にずっと響いてきた。寺尾さんの歌は、単に「音楽を聴いている」だけにとどまらない広がりを、私達にもたらしてくれる。他でもない私達自身が、音楽の行為者なのだ、と。

============================

*本レビューは、同作リリースに際し、発売元「こほろぎ舎」配布のプレス用資料掲載用に書かれたものです。発売元の許可を得て、こちらに転載致します。

 

【作品概要】

 

『わたしの好きな労働歌』
発売日 2025年6月25日
品番 KHGCD-005
定価 ¥3,300(本体 ¥3,000)
発売元 こほろぎ舎
販売元 PCI MUSIC

【収録曲】
1 島根/「佐津目銅山鉱夫歌」(出雲市佐田町
2 山形/「エンヤマッカゴエン」(最上郡真室川町安楽城)
3 福岡/「ずくぼじょ」(八女市豊福、大牟田市
4 東京/「ひとつとせ」
5 岩手/「あらぐれ」(和賀郡和賀町山口)
6 愛媛/「浜子歌」(今治市大三島町口総)
7 東京/「田うない」(板橋区徳丸)
8 愛知/「せっせ」(豊田市稲武)
9 東京/「籠の鳥より」
10 兵庫「宍粟の守子歌」(宍粟郡千種町奥西山)
11 高知/「宿毛田植え歌」(宿毛市仲市)
12 沖縄/「月ぬかいしゃ」(八重山地方)
13 東京/「板橋の棒うち歌」(板橋区

〈ゲスト参加ミュージシャン〉
あだち麗三郎/伊賀航/歌島昌智/大熊ワタル/音無史哉/折坂悠太/
小林うてな/近藤達郎/チェ・ジェチョル/やぶくみこ/Altangerel Undarmaa

録音技師:葛西敏彦(M2,3,4,5,6,7,8,9,13)、奥田泰次(M1,2,7,10,11,12)、古市暁大(M11)
整音技師:奥田泰次(studio MSR)、風間萌(studio Chatri)
録音場所:STUDIO Dede、サウンド・シティ、Place Kaki、studio MSR

Special thanks:
高嶋敏展/TOPPING EAST/石橋星志/豊島吾一/山下櫻子/
村口栞理/湊川真弘/森千尋/宇野瑠海/瀧口幸恵/寺尾恵子

イラストレーション:古山フウ
デザイン:TAKAIYAMA inc.

A&R:清宮陵一 

BASE :https://sahoterao.thebase.in/
Linkcore:https://linkco.re/84y3gD39
Bandcamp:https://sahoterao.bandcamp.com/album/-

プロデューサー目線、裏読みコンテンツの氾濫:一億総「裏方」化時代を診断する

●「え?さっきのオタク、君の知り合いじゃないの?」

今から20 年近く前。あるレコード会社の新人スタッフだった私は、某人気声優さんのコンサート会場に手伝い要員として参加しました。沢山のお客さんで賑わう物販ブースの傍らで、先輩社員やマネージメントのスタッフさん達とCDやグッズの売上について話をしていると、一人の見知らぬ男性が近づいてきて、ウンウンと相槌を打ったり、その声優さんのプロデューサーやディレクター、制作会社名等の固有名詞を織り交ぜながら、ごく自然に会話へ加わってきたのです。

その場では「関係者の人だろう」と思い、なんとなく聞き流していたのですが、彼が去った後に「さっきの方ってどなたですか?」と皆へ訊くと、「え、柴崎くんの知り合いじゃないの」「え、私は〇〇さんの知り合いだと思ってました」という意外な答えが返ってきました。そう、いかにも「裏方」らしい振る舞いをしていた彼は、その日のコンサートのお客さんの一人だったのです。

あの当時の「オタク」のムードを知る人ならば、このエピソードは、いかにもな「あるあるネタ」に感じられるでしょうし、実際に私自身も、対象への愛(?)ゆえに空回りしてしまうその男性の仕草に、伝統的な「おたく族」に特有の何かを感じ取りました。ひょっとすると、「オタク」と呼ばれる人たちがしばしばこういう「裏方」的な仕草をしがちというのは、現在では世代を問わずある種の共通イメージになっているかもしれません。昨今のアイドル業界でも定期的に話題となる「妙にプロデューサー目線のオタク」の例に象徴されるように、いずれにせよ、そういう仕草こそが広く想像される「オタク」らしさを形作っていたともいえそうです。


●かつての「オタクの『内輪目線』」が一般に広まった?

しかしこうした、妙に、というか、立場上想定される程度を超えて「裏方」っぽさが滲み出る仕草・話し方・思考法というのは、ここ最近になって、必ずしも狭義の「オタク」界隈に限らず、広範なカルチャーのファンダムやオーディエンスの側にもかなりの程度浸透しているようにも感じるのです。

音楽業界一般に範囲を広げてみても、コンテンツの内容に関する知識に限らず、プロモーションやマーケティング等の業界内の慣習や論理に(なぜか)通暁した一般音楽ファンの姿は、この10年ほどで急増した印象ですし、そうした(本来はコンテンツやアーティストの創作行為からはあくまで二次的な存在であるはずの)情報を前面に出した記事を、一般向け音楽情報サイトが掲載する例も盛んに見られます。

こうした傾向は、映画等の映像コンテンツを対象とした語りにおいても、頻繁に見受けられます。興行成績の分析をはじめ、極端な場合には、日本公開の前からマーケティングやプロモーションの論理を(なぜか)自明のものとした記事がアップされたり、それに付随して一般ユーザーの間でも(なぜか)「裏方」目線の議論が侃々諤々と繰り広げられる例もあります。こうした状況は、話題作の場合特に顕著です。例えば『バービー』や、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』などといった大作映画が、国内での封切りの前から、作品内容についての議論をよそに、その「打ち出し」や興行にまつわる裏事情について侃々諤々と盛り上がっていたのは記憶に新しいところでしょう。特に後者の『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』に関しては、アメリカ本国での不評や興行的失敗を分析する記事が公開前にアップされたり、それと前後して、一般ユーザーの間でも、(そもそも未見の作品なのにもかかわらず)既出批評についての分析や興行的な失敗を、(なぜか)インサイダーめいた目線で語る例が散見されたのでした。

冷静になって考えれば、私自身もいちファンの目線として、「いやいや、一般ユーザーが(なぜか)産業側の論理を用いて映画を語るって、なんかヘンじゃないか?」とも感じるわけですが、現実としてここ数年でそういったムードが高まってきているのは確かだと思いますし、あえてシンプルに言い切ってしまうなら、「肝心の中身の話がなぜか置き去りになってしまう」このような流れは、映画に限らず、直近10年ほどのカルチャー界隈に共通するムードになっているように思います。
誤解を与えるかも知れないので先に断っておくと、この文章ではなにも、殊更にそうしたムードをこてんぱんに糾弾してやろうとか、卑下してやろうと思っているわけではありません。あくまでその背景には何があるのか考えてみたいのです。
しかしながら一方で、まがりなりにコンテンツ業界の片隅に身を置き、数値やデータを元に、何よりも「裏方目線」でコンテンツを扱い&観察する中で、結局のところいいようのない徒労感や虚無感を感じ取ってきた身として、現在の趨勢に対して、自省の念とともに、どこか居心地の悪い感覚を抱いてしまうのも事実なのです(本当を言えば、いかにも俯瞰めいた語彙である「コンテンツ」という表現を使うのにも抵抗がないかといえば嘘になります)。

もちろん、特にポップカルチャーの世界では、コンテンツ内容に関する分析と同じように、その受容の様態や、ファンダムのあり方、ビジネスのフローについての分析が、結果的にコンテンツ内容についての理解を促すということはかねてからの常識でもあって、そういう論考やレポート記事の中には優れた批評性を持つものも少なくはありません。けれど、重ねて強調したいのは、そうした「裏方」的な目線をはじめから内在化していることが、今では当該の「業界」の界隈にとどまらず、少なくないエンドユーザーの間でも、一種の「前提」のようになってしまっているのではないか?ということです。仮に、そうした「前提」の中で、「これが好き/嫌い」という率直な気持ちとともに「初歩的」な感想を述べることすらが結果的に抑圧されてしまっているのだとしたら……なんとも本末転倒めいた話ではないでしょうか。


●一億総「裏方」化?

これは、以前から唱えられている「一億総オタク化」の結果なのでしょうか?しかし、単に「推し」への愛が思い余っての傾向と言い切るには、どうにもしっくりこない部分が残ります。
あるいは、かつて芸人のマキタスポーツさんが論じた、大勢が「メタ」的な視点を内在化するようになった時代=「一億総ツッコミ時代」が更に深化し、「一億総『裏方』化」した結果なのでしょうか?上に挙げた例に限らず、例えばあの佐久間宣行さんのブレイクをはじめとする(本来は「裏方」であった)方達の活躍や、あらゆるコンテンツに対して制作サイドが仕込んだ(とされる)「本当の意味」を読み解こうとする昨今の「考察ブーム」も、なるほどそうした問いの元に把握できるかも知れません。たしかに、この状況を、オタクたちや「感度」の高い一部の人たちが1980年代から脈々と続けてきた「メタ視点」を巡る差異化ゲームや、「ギョーカイ君が行く!」的な「内輪ノリ」がより大衆化したものと捉えるのは、ある程度道理に適っているといえそうです。しかし、そうやってドメスティックな文脈のみをもってざっくりと把握してしまうことで、何か決定的な時代の変化、あるいは重要な背景的要因を見逃すことにもなるのではないかという気もするのです。

先の予告通り、ここからはその変化・背景的要因について、一つの仮説を示してみたいと思います。
およそこの10年数年ほどの間に上で述べてきた類の傾向が加速してきたように感じている私自身の感覚に照らすならば、何よりも大きな要因として浮かび上がってくるのは、インターネット上におけるコミュニケーション環境の劇的な変化、中でもやはり、SNSの劇的な浸透をおいて他にありません。


SNS時代が要請する「裏方」目線

まず、基本的な背景として指摘したいのが、SNS浸透以降によって、コンテンツの発信者/受信者、制作者/受容者、あるいはゲートキーパー/一般ユーザーという、かつては強固に存在していた対立的な構造が土台から突き崩されていったという事態です。

旧来であれば、ある私企業なりクリエイター集団が寡占的に発信し、メディアや批評家等のゲートキーパーによる選別をくぐり抜けたコンテンツを、「恭しく」受容する他なかったユーザーたちが、SNSを介して、コンテンツ側へと自ら積極的に意見を表明できるようになったのはもちろん、それについてSNS上で語りあったり、あるいは二次創作に供して任意のプラットフォーム上で新たなコンテンツとして発信したりと、単方向的ではないインタラクティブな働きかけが、容易にできるようになりました。

結果として、ユーザーたちによる草の根的なメディア活動が、既存メディアや既存コンテンツホルダーへと逆転的に働きかけていく例も盛んに観察されています。こうした状況は、「コンバージェンスカルチャー」とも呼ばれており、ポップミュージックのフィールドで例えるなら、ネット上での楽曲の海賊的なミックスがきっかけとなって、既存レコード会社が同様のミックスをオフィシャルリリースするような例が挙げられますし、今や同様の例は様々なジャンルで見受けられます。つまり、ユーザー/ファンダムという存在が、産業構造の内部/周縁に取り入れられていき、既存の「業界」との垣根がかつてなく曖昧化していったのがこの間の趨勢であったわけです。

こうした状況は、ある面からみればコンテンツビジネスの「民主化」を画しているとも言えますが、本論の視点にとってより重要なのは、この「コンバージェンスカルチャー」が、コンテンツの流通構造の変革を促すという以上に、コンテンツについて語ること、更にはコンテンツについて語ることを語ること(について語ること……以下延々と続く)=メタ的な語りのインフレーションを、適宜最新のコンテンツとして流通させる力学を内包しているということです。
これは、いわゆる「ファンブック」やそれに類するファン同士のコミュニケーションの場を想像してもらえればわかりやすでしょう。そこでは、コンテンツ(やアーティスト)にフォーカスしているようにみえて、同時に「語る」という行為自体のコンテンツ価値化が起きているわけです。さらに、それを受け取った別のユーザーは、そこに刻まれた「語り」について、また新たな「語り」を発生させるでしょうし、そのメカニズムは、当該の場に参加する人数が多いだけ増殖していくでしょう。お察しの通り、こうした「『語り』の再帰的コンテンツ化」とでもいうべき状況は、旧来のメディア環境の中でも少なからず観察できたものですが、機能上、あらゆるユーザー間の多方向的かつ即時の受発信を可能にした現在のSNS環境と、特に親和的なものです。

ここまでお読みになって、「『語り』の再帰的『コンテンツ化』なんて大げさに言っているけど、「そのへんのユーザーたちが勝手にやっている『語りについての語り』なんて大した価値もないんじゃないの?」と思った方も少なくないのではないでしょうか。しかしながら、「ユーザーたちが勝手にやっている『語りについての語り』」こそが、(場合によっては、コンテンツの中身にも増して)現代のメディア環境における経済的価値の源泉を形作っている、ということが言えるのです。

 

●「コミュニケーション資本主義」の空間で

キーワードとなるのは、「コミュニケーション資本主義」です。御存知の通り、現在多くのユーザーを抱える各種SNS/webプラットフォームは、特定の私企業によって運営されています。そこでは、ある投稿が多くのインプレッションを獲得すれば、経済的なロジックによって定量的な価値がほとんどオートマチックな形で付与されます。つまり、投稿の具体的な内容はどうあれ、語りのインフレーションと、そこで交わされるコミュニケーションの積み重ね(の拡散の記録)それ自体が、ビッグデータとして企業によって収集され、新たな広告プラットフォームの開発や、自社サービスのマーケティングへと援用されていくという構図があるのです。いわば、語りのインフレーションや、メタ的なコミュニケーションの積み重ねそれ自体が、デジタルテクノロジーと強固に結びついた資本主義体制下における「交換価値」に基づいて流通するという事態が、日々間断なく繰り広げられているわけです。

生産者と消費者の境界が溶け出した存在=「プロシューマー」が多数蠢くコンバージェンスカルチャー以後の世界にあって、現代のSNSこそは、もっとも効果的な「交換価値」の取引の場となっているのです。こうしたシステムが、メタ的な語りがさらにメタ的な語りを誘発し、さらにそれがまた……という再帰的な構造と経済的な次元において極めて親和的であることは、疑いのないところでしょう。
逆側から眺めるなら、現代のメディア環境こそが、その必然的働きとして、そこで流通するあらゆる語りのメタ的視点への無限後退を促し、結果として、いつしかコンテンツ内容に関する直接的な言説を置き去りにし、幾重にも重なったメタ視点を深く(ときに無意識的に)内在化した「裏方」的な仕草・思考法を、これほどまでに伸長させることに至った、と言えるのではないでしょうか。

 

●すべてが「メジャー化していく?」

なんとも居心地の悪い話に感じられるかも知れませんが、それでもなお、こうした趨勢を、あくまで自分には関係のないものとして受け流す「マイナー志向」の方も少なくないでしょう。
しかし、ここで留意しておきたいのは、上述したコミュニケーション資本主義の論理から類推される通り、「コミュニケーション機会が膨大であればあるほど経済的な価値が高い」という尺度からすれば、結果的に、知名度の高いメジャーコンテンツにまつわる語りばかりがアテンションを得る機会を優先的に与えられ、反対に、「マイナー」なものはより一層ニッチな立場へと捨て置かれるといった事態すら想定されるということです(既にそうなっているともいえます)。

それどころか、現在のように、高度なコングロマリット化を経た情報産業の側からすれば、そうした語りを誘発するために、あらゆるコンテンツのメジャー志向をより一層強めていくというインセンティブが働くのはもちろん、メタ的・裏方的な語りのインフレーションをはじめから作品の内部に含み込み、産業論やマーケティング論、および「考察」のインフレーションを意図的に誘発するようなコンテンツ作りを実践することが、ある種の「正道」となってくでしょう(先に触れた『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』などは、まさにそうした作品だったと思ますし、同様の傾向は、国内外問わず様々な「メジャー・コンテンツ」においてしばしば観察されます)。いわば、作品内容と周縁的な「語り」を惹起する機能が分かちがたく同化した存在こそが、現代のメジャーコンテンツにおける「オルタナティブなき王道」になっていくというわけです。こうなってくると、そもそも「作品」とは、コンテンツの「内容」とは何なのかという古典的な問いへと引き戻されざるをえませんし、更には、本来エリート主義的なジャーナリズム言説への対抗的な意味合いを帯びていたはずの「ポップ楽観主義(ポプティミズム)」的なムードが、結局のところこうした構造と蜜月を結ぶに至っているのかもしれないと考えるならば、自覚的にマイナー志向を選び取って超然としていつもりのクリエイターやオーディエンスにとっても、自らの「場」が外側からじわじわと、しかし確実に切り崩されるという意味で、決して無視できない趨勢になっていると言えるでしょう。

多様で豊かなカルチャーの姿を想像し続けるためにも、私達は今、メタ的な語りのインフレーションや、「裏方」的な語りの膨張から、意識的に降りてみるべきなのかもしれません。私も、あなたも、その作品をなぜ「好き」なのかもう一度その内容を吟味し、できれば、SNS上でそうするのではなくて、一番身近な人とじっくり時間をかけて語らってみるべきなのかもしれません。

そうする方が少しでも増えてくれれば、この文章および仮説自体がメタ視点の語りの極限形の一つではないかという、少なくない読者から必ずやなされるであろうツッコミにも、どうにか堪えられるというものです。

 

【注記】

・本記事は、昨年10月に某媒体掲載用に執筆するも、編集サイドの企図との齟齬によってボツになっていた原稿を、一部改稿・加筆したものです。

・論旨をよりわかりやすくするため、一部内容を再改稿しました。(2025/6/30)

70年代ジャパニーズ・アンダーグラウンドの秘宝 “Eternal Womb Delirum – #1” レビュー

以下のテキストは、2019年に某媒体向けに執筆するも諸事情で未発表となっていた拙稿である。

ここに供養するとともに、向後の資料としてアップしておく。

 

================

Eternal Womb Delirum “Eternal Womb Delirum  #1”レビュー

 

現アイドルジャパンレコード代表で制服向上委員会のプロデューサーでもあった髙橋廣行が、灰野敬二らと組んだ伝説的バンド、ロスト・アラーフのドラマーだったことは(一部マニアには)よく知られているだろう。裸のラリーズ等と並んで、70年代ジャパニーズ・アンダーグラウンド・シーンの中枢で活動してきた彼の、「ロスト・アラーフ」以後における秘蔵音源がこの度発掘リリースされた。

「エターナル・ウーム・デリラム」という謎めいた名を持つこのユニット、当時の活動に接することのできた幸運な聴衆や、よほどコアなファン以外にはその存在を知られていなかったというのが実態だろう。かくいう私も、かつてロスト・アラーフや裸のラリーズ周辺についての資料を渉猟する中で髙橋氏自身の同ユニットについて言及したツイッター投稿にあたり、おぼろげにその存在について認識していたくらいだった(その時からこの不可思議なユニット名が頭に残っていたのだ)。だから、その演奏が当時録音に残されているなどとは思っていなかったし、ましてや高橋氏本人の公認のもと、こうして正式発売されるなど、夢にも思っていなかったのだった。

「エターナル・ウーム・デリラム」とは、「永久に子宮は発狂状態」あるいは「永遠に湧き出る子宮からのリズム」という意である。高橋氏の談話をまとめたライナーやCD帯掲載のテキストによれば、特定の音階や具体音が人体にどのような影響を及ぼすかといった興味を出発点に、「知ることのできない自己の未来像を音の魔術で描き出そう」としたということで、非常にスピリチュアルな内容を想起させもする。が、その実音楽内容としては、先行するロスト・アラーフなどと同様、非常にストリクトな即興演奏を主体としたものであり、コンセプト面から想像させるようなニュー・エイジ的様相とはかなり隔たったものである。本CDの目玉というべき74年六本木俳優座劇場での演奏記録①「母体内に回帰されたその目覚めと幻想」は、その出会いにより高橋がこうした表現に開眼するきっかけとなった現代音楽作家・有田数朗氏が電子音を、そして氏の後輩であった(当時)東京芸術大学の学生・坂本龍一がピアノを担当している。そこへ高橋のパーカッションやOZバンドの毛皮のJUNらのギターが加わるという内容なのだが、アシッドなジャム・セッションというより、極めて透徹した覚醒的な演奏が36分間繰り広げられている(実際は2時間近く演奏されたらしい)。偶発的に立ち現れるカオティックな和音や複層的リズムは、この当時の前衛の薫りを濃く漂わせながらも、実に理知的な統御が働いていることを思わせる(特に坂本)。演奏中、観客の一人をステージに上げ、心電図や脳波を撮って見せるというような趣向もあったというから、まさに実践的かつ前衛的な音楽実験でもあった。

続く②「やっぱり」と③「雲の柱」は、①とは全く異なったアプローチで行われた演奏。75年の11月と12月にそれぞれ渋谷アダンスタジオと新宿開拓地で敢行されたセッションの記録で、高橋がロスト・アラーフのツアー中に京都で出会ったバンド<だててんりゅう>のヒロシをボーカル/ベースに迎えている。①と比べるとまだ「楽曲」と呼ぶべき輪郭を保っている曲で、いわばロック的な表現が聞かれる。②で暴れまわるスリージーで激烈なギターはノンクレジットなのだが、もしかするとこれは水谷孝氏によるものなのではないか…?と推測。さらに③ではヒロシがボーカルとベースに加えキーボードを演奏しており、本CD中もっともオーセンティックな(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドにも似た)ロック的演奏を聞かせる。しかしながら、②も含めて突如全員でフリー・インプロヴィゼーションに突入する構成が実にスリリングで、当時において、ロックとアヴァンギャルドに間にある垣根が非常に低いものであった(というかおそらく相互還流的ものであった)ことが鮮やかに伺われるのだった。

www.discogs.com

アナログレコードにおける「ぬくもりのある音」に関する一考察

アナログレコードを「ヒューマンなニュアンス」あるいは「ぬくもりのある音」といった風に称揚する言説は、CDが音楽生成記録メディアの主役についた90年代以降、繰り返し反復されてきた。

昨今の「アナログブーム」において、こうした言説は更に一般化したようにも見られる。

この文脈でCD音質が批判される際の主要な論旨は、CDの周波数/ビット数(44.1kHz/16bit)規格におけるオリジナル音源の再現性の問題に由来している。16bitとは、2の16乗段階で音量差を制御していることを指し、44.1kHzとは、そのくらいの高い音まで記録再生可能、ということを指す。これらは人間の認識能力のリミットを超えて設定された数値であり、理論上はCD音源と自然音を聞き分けることは困難だとされてきた。しかし、当然ながら生楽器の音や自然音は(=アナログ音源)はそうした制限(デジタルでの再現性)が捨象する領域を有しており、それら可聴領域以外の要素が、実際の聴取体験に影響を及ぼしているのではないかという見方がある(これを、「ハイパーソニック・エフェクト」という)。原理的にいえば、アナログ音声の波形をCD規格に変換した際、本来と比べて細密性の荒いものになるのは、その差を聴き取れるかどうかは別として事実でもあり(手書きの絵画を撮影したデジタルカメラの画像を極端に拡大するとギザつきが目立つ状態を想像せよ)、原音からの忠実性を重んじる視点から、あくまでアナログ盤に「ヒューマンフィール」を求める傾向は根強い。一方で、「再現性」を別の観点から捉えれば、アナログ盤には別種の問題(ノイズ)がついてまわるのも事実だ。カッティングの作業やスタンパーの状態、プレスの環境、原材料の材質、そして、当然ながら再生機器や盤質状態等にも大きく左右される。これらを勘案するなら、一般にいう「ヒューマンなニュアンス」とは、厳密な意味での再現性というよりは、いわゆる「プチノイズ」や、プレイヤーや針、アンプ等の再生環境からくる特定音域の減殺等、アナログ再生につきももの「クセ」を指す嗜好として理解すべきかもしれない。昨今、元はCD音源であったマスター(44.1kHz/16bit)を元にカッティングを行い、アナログフォーマットで発売する新譜/旧譜の例も目立つが、それらは、厳密な音質面からみれば、いわば「アナログ特有のノイズが加味されたCD」でしかない。多くの場合、それらが軒並み好感を持って購買されている事実に鑑みて、「ヒューマンフィール」というのは、厳密に音質に関わる概念というより、アナログ盤特有の重量感や、ジャケットまわりのアートワークを物質として所有することからくるフェティッシュな「フィジカル的満足」と結びついた複合的な概念であるとも言えそうだ。
他方、CDそれ自体も音質的な進歩を経てきたことも指摘しておこう。初期のCDは、マスタリング技術の貧弱さもあり、主に音量レベル的に明らかに迫力不足のものも多かった。こうした点から、当時「ヒューマンフィールの不足」と断ぜられた面もあっただろう。なお、現在では、いわゆる「ハイレゾ」技術の発展とともに、CD音質以上のスペックを備えたデジタルファイル方式も浸透しており、ハイエンドオーディオのユーザーを中心に支持されている。

2021年 柴崎祐二 仕事まとめ

2021年、あまりにもあっという間で、なんならその前の2020年との境目もよくわからないぼんやりしたような感じでもあり、あとから振り返ってみたとき「なにをやってたっけ????」となるのを防ぐため(?)、記録として一年間の仕事をまとめてみました(抜けあるかもですが……)

書きたいこと、やりたいこと、聞きたい音楽、観たい映画、読みたい本は相変わらずどんどん山積していくばかりで、それこそがなによりもありがたいことだよな〜、と痛感する一年でもありました。ライターとしてもこの仕事の要諦が徐々に身についてきた感もありつつ、「自分が書けること/書くべきこととは何なのか」について考え続ける日々でもありました。

お読みいいただいた方、お買い上げいただいた方、なんとなくでも気にかけていただいた方々に御礼申し上げます。そしてもちろん、日々素晴らしい音楽を送り届けてくれるアーティストのみなさんとその作品、オモシロ企画を常に提案してくれる編集者の方へも深くお礼を…。

 

単著やweb記事にはリンクも付けてみました。仕事関係の方々には、「こういうのもやるんだ」的に見ていただけますと幸いです。どしどしご相談ください。

今年は、密かな目標として映画評をやってみたいと考えているのと、引き続き本を書いていきたいなと思っております(その前に『シティポップとは何か』を早く刊行しなきゃ……)。本年も宜しくお願い致します。

 

【書籍】
・8/19 単著『ミュージック・ゴーズ・オン 最新音楽生活考』刊行

musicmagazine.jp


【対談/鼎談】
・2/20 『ミュージック・マガジン』誌3月号「特集[決定版]2010年代の邦楽アルバム・ベスト100」「表現はいつも現場で起こっていて、批評はそれを位置づけて残していく」対談 with 矢野利裕

・7/9 CINRA『シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線』with 松永良平、芦澤紀子

kompass.cinra.net

・7/30 CINRA『2021年、シティポップの海外受容の実態 Spotifyのデータで見る』with 松永良平、芦澤紀子

kompass.cinra.net

・9/24 TURN「ルー・リード〜前衛と偏屈と慈愛の倒錯」対談 with 岡村詩野

turntokyo.com


【インタビュー】
・1/15 『レコード・コレクターズ』誌2月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.29 田中ヤコブ インタビュー

・1/30 TOKION 「今だからこそ鳴らしえた『良いメロディー』――鬼才・網守将平が開いた新境地を紐解く」網守周平インタビュー

tokion.jp

・2/10 TOKION 「『肉体的な感覚だけが確かなものとしてあり続ける』 本日休演が奏でる、甘く妖しい『MOOD』の実体』本日休演・岩出拓十郎インタビュー

tokion.jp

・2/15 『レコード・コレクターズ』誌3月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.30 TAWINGS コニー・プランクトン インタビュー

・3/15『レコード・コレクターズ』誌3月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.31 井手健介 インタビュー

・3/15 『レコード・コレクターズ』誌3月号 ワールドスタンダード 鈴木惣一朗 インタビュー

・3/24 fnmnl「【インタビュー】ミツメ 『Ⅵ』 |バンドの新しい可能性を開く」

fnmnl.tv

・4/15 『レコード・コレクターズ』誌5月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.32 角銅真実 インタビュー

・5/13 Mikiki「CRYSTAL『Reflection Overdrive』サンダーキャットやジャスティスらが愛する東京発シンセ・サウンドはいかに生まれたか?」

mikiki.tokyo.jp

・5/15 『レコード・コレクターズ』誌6月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.33 西村直晃 インタビュー

・6/15 『レコード・コレクターズ』誌7月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.34 高橋アフィ(TAM TAM)インタビュー

・6/25 Mikiki『TOTOを80年代ブームのいま再評価すべき理由とは? Light Mellow金澤寿和が語る』インタビュー

mikiki.tokyo.jp

・6/28 AVE | CORNER PRINTING The Trees インタビュー

ave-cornerprinting.com

・7/15 『レコード・コレクターズ』誌2021年7月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.35 畳野彩加(Homecomings)インタビュー

・8/15 『レコード・コレクターズ』誌2021年9月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.36 BUSHMIMD インタビュー

・8/20 『ミュージック・マガジン』誌9月号 And Summer Club インタビュー

・9/15 『レコード・コレクターズ』誌2021年10月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.37 川勝徳重インタビュー

・9/15『レコード・コレクターズ』誌2021年10月号 「林哲司インタヴュー〜世界的に再評価される音楽家が自らの創作、ルーツ、シティ・ポップについて語る」

・9/20 『ミュージック・マガジン』誌10月号 折坂悠太インタビュー「ロング・インタヴュー〜新作『心理』を完成させて今考えていること」

・10/15 『レコード・コレクターズ』誌11月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.38 hikaru yamada インタビュー

・11/13 Real Sound「D.A.N. 櫻木大悟×坂本慎太郎、歌詞をテーマに語り合う特別対談 身体との共鳴で新たな意味を生み出す音楽の機能」インタビュー

realsound.jp

・11/15 『レコード・コレクターズ』誌12月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.39 浮(米山ミサ)インタビュー

・11/20 『ミュージック・マガジン』誌12月号 RISA COOPERインタビュー

・12/15『レコード・コレクターズ』誌2022年1月号 連載「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」Vol.40 イサヤー・ウッダ インタビュー

・12/20 『ミュージック・マガジン』2022年誌1月号 スカート インタビュー


【レビュー/論考】
・1/15 『レコード・コレクターズ』誌2月号「このドラムを聴け特集」選曲、レビュー

・1/15 『レコード・コレクターズ』誌2月号 v.a.『ガデュリン全曲集』、ワールド・スタンダード『色彩音楽』レビュー

・1/20 『ミュージック・マガジン』誌2月号「鈴木慶一50周年記念特集」 2000年代ヒストリー原稿、各作品レビュー

・1/20 『ミュージック・マガジン』誌2月号 Flanafi『Do You Have My Money?』、Salami Rose Joe Louis『Chapters of Zdenka 』デビュー

・1/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.16ケヴィン・ムーア『RAINMAKER』レビュー

turntokyo.com

・2/2 ele-king Kenjyo chiba and YUASA『Devotions~concoction of sutras and soul』レビュー

www.ele-king.net

・2/15 『レコード・コレクターズ』3月号「特集 アルファレコード」ディスクガイド選盤、テクノ/ニュー・ウェイブフュージョンアンビエント/その他ジャンル概論

・2/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.17 João de Bruço / R.H. Jackson『Caracol』レビュー

turntokyo.com

・2/20 『ミュージック・マガジン』誌3月号「特集[決定版]2010年代の邦楽アルバム・ベスト100」選盤、レビュー参加

・2/25『ブルース&ソウル・レコーズ』誌第158号「現代的リスニング・センスが光るサヴォイ・ゴスペル選」

・3/15 ele-king V.A.『銀河伝承』レビュー

www.ele-king.net

・3/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.18 His Name Is Alive『A Silver Thread Home Recordings 1979-1990』レビュー

turntokyo.com

・3/20 4/20『ミュージック・マガジン』誌4月号 ガル・コスタ『Nenhuma Dor』、鈴木晶久『I want you』レビュー

・4/20『ミュージック・マガジン』誌5月号 「特集 デイヴィッド・バーン『アメリカン・ユートピア』〜トーキング・ヘッズトーキング・ヘッズ〜デイヴィッド・バーン・オリジナル・アルバム・ガイド レビュー参加

・4/20『ミュージック・マガジン』誌5月号 ビル・チャンプリン『Livin’ For Love』、平安隆&ボブ・ブロッズマン『毛遊びマジック〜ライヴ・イン・トウキョウ 1999〜』レビュー

・4/25 『ブルース&ソウル・レコーズ』誌第159号 「『アメイジング・グレイスアレサ・フランクリン』クロス・リヴュー 『たしかにそこにあった』」

・4/30 Mikiki「テレックスのテクノ革命よ、もう一度。細野晴臣が敬愛するシンセ・ポップ・トリオに『This Is Telex』で再入門」

mikiki.tokyo.jp

・5/17 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.19 V.A.『HEISEI NO OTO – JAPANESE LEFT-FIELD POP FROM THE CD AGE (1989-1996) 』レビュー

turntokyo.com

・5/20 『ミュージック・マガジン』誌6月号 John Hiatt with The Jerry Douglas Band『Leftover Feelings』、V.A.『ナラ・レオンが愛したブラジルの古謡(うた)』レビュー

・6/15 『レコード・コレクターズ』誌7月号 「特集 クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング『デジャ・ヴ』」「ローレルキャニオン関連人脈アルバム選」レビュー

・6/15 『レコード・コレクターズ』誌7月号 V.A.『ファンシイダンス~デラックス・エディション』レビュー

・6/17 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.20 V.A.『Love African Soul: T-Groove Presents African Modern Disco 1975-1980』レビュー

turntokyo.com

・6/20『ミュージック・マガジン』誌7月号「昭和歌謡ベスト・ソングス100[1970年代編]」選曲、レビュー

・6/20『『ミュージック・マガジン』誌7月号 V.A.『João Gilberto Eterno』、Van Dyke Parks & Veronica Valerio『Van Dyke Parks & Veronica Valerio: Only In America』レビュー

・6/24 TURN「『音楽はあくまで人間が奏でるもの』に疑問を投げかけ、美を探究するアンビエント Unknown Me『BISHINTAI』レビュー」

turntokyo.com

・6/25 『ブルース&ソウル・レコーズ』誌第160号 アラン・トゥーサン『Toussaint』レビュー

・7/16 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.21 ヘンリー川原『電脳的反抗と絶頂: エッセンシャル・ヘンリー川原』レビュー

turntokyo.com

・7/20『ミュージック・マガジン』誌8月号「特集 昭和歌謡ベスト・ソングス80年代編」選曲、レビュー

・7/20『ミュージック・マガジン』誌8月号 V.A.『The Harry Smith Connection: A Live Tribute to the Anthology of American Folk Music』、Lump『Animal』レビュー

・8/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.22 Tony Kosinec『Consider The Heart』レビュー

turntokyo.com

・8/20 『ミュージック・マガジン』誌9月号「ニュー・スタンダード2020s 日本の夏」レビュー参加

・8/20『ミュージック・マガジン』誌9月号 イサヤー・ウッダ「DAWN」、OKUTE『OKUTE』レビュー

・8/25 『ブルース&ソウル・レコーズ』誌第161号 V.A.『Modernity』レビュー

・9/15 『レコード・コレクターズ』誌10月号 YAMAMOTO『Five Days City』レビュー

・9/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.23 V.A.『Country Funk Vol. 3 1975-1982』レビュー

turntokyo.com

・9/20『ミュージック・マガジン』誌10月号 スフィアン・スティーヴンス&アンジェロ・デ・オーガスティン『A Beginner's Mind』レビュー

・9/22 Riki Hidaka + Jim O’ Rourke + Eiko Ishibashi 『置大石』レビュー

label.stereo-records.com

・10/8 lightmellowbu ZINE『lightmellowbu紙Vol.5 -JAUNT-』数作品レビュー

・10/15 『レコード・コレクターズ』誌11月号 「特集 SKYE」SKYE/メンバー関連ディスク・ガイド

・10/15 『レコード・コレクターズ』誌11月号 はにわちゃん『かなしばり』レビュー

・10/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.24 UMAN『Chaleur Humaine』レビュー

turntokyo.com

・10/20 TURN「物語が立ち上がる空間・時間のために〜 浮動するTaiko Super Kicksの音楽:『波』と『石』を聴く」

turntokyo.com

・10/20『ミュージック・マガジン』誌11月号 bjons『CIRCLES』、Parquet Courts『Sympathy for Life』レビュー

・11/15 『レコード・コレクターズ』誌12月号、Qujila『Tamago』、折坂悠太『心理』レビュー

・11/15 TURN 連載「未来は懐かしい」Vol.25 ポップ・グループ『Y in Dub』レビュー

turntokyo.com

・11/20 『ミュージック・マガジン』誌12月号 ROTH BART BARON『無限のHAKU』レビュー

・11/23発売『痙攣 Vol.2 もう一度ユートピアを 国内音楽特集』BBHF『BBHF1-南下する青年レビュー』寄稿

・12/14 ele-king グソクムズ『グソクムズ』レビュー

www.ele-king.net

・12/15 『レコード・コレクターズ』誌2022年1月号「ブルース・スプリングスティーン 最も輝かしい瞬間における生のほとばしりを記録した『ノー・ニュークス・コンサート1979』」

・12/15 『レコード・コレクターズ』誌2022年1月号ダディ竹千代&東京おとぼけCATS『ヒストリー・オブ・ダディ竹千代&東京おとぼけCATS 表面』レビュー・12/20『ミュージック・マガジン』誌2022年1月号 ウィリー・ネルソン『家族』、INOYAMALAND『Trans Kunang』レビュー

・12/21 TURN「【未来は懐かしい】特別編 柴崎祐二・選 2021年リイシュー・ベスト10」

turntokyo.com

・12/25 『ブルース&ソウル・レコーズ』誌第163号「レイ・チャールズ生誕90年記念CDセット」

・12/28 TURN『THE 25 BEST ALBUMS OF 2021』butaji『RIGHT TIME』レビュー

turntokyo.com

・12/28 『ele-king』誌vol.28「2021年わたしのお気に入りベスト10」選盤/レビュー


【ライブレポート】
・6/4 Mikiki OGRE YOU ASSHOLEOGRE YOU ASSHOLEの15周年ライブに見るバンドを歩ませてきた〈意思〉
OGRE YOU ASSHOLE 15th Anniversary Liveをレポート』

mikiki.tokyo.jp

・10/15 オフィシャル 小坂忠、LOVE PSYCHEDELICO「OTONA SESSIONS 3」ライブレポート

prtimes.jp


【書評】
・1/15 『レコード・コレクターズ』誌2月号『不思議音楽館 オレンジパワー3』書評

・2/15 『レコード・コレクターズ』誌3月号 田中雄二TR-808<ヤオヤ>を作った神々 ──菊本忠男との対話──電子音楽 in JAPAN外伝』書評

・2/20 『ミュージック・マガジン』誌3月号『盆踊りの戦後史 ─「ふるさと」の喪失と創造」書評

・6/15 『レコード・コレクターズ』誌6月号 鈴木孝弥『REGGAE definitive』書評

・7/15『『レコード・コレクターズ』誌8月号 瀬川昌久、蓮實重臣アメリカから遠く離れて』書評

・8/15 『レコード・コレクターズ』誌9月号 ヘレン・S・ペリー『ヒッピーのはじまり』書評
・10/15 『レコード・コレクターズ』誌11月号 栗田知宏『ブリティッシュ・エイジアン音楽の社会学 交渉するエスニシティと文化実践』書評

・10/25『ブルース&ソウル・レコーズ』誌第162号 中河伸俊『黒い蛇はどこへ 名曲の歌詞から入るブルースの世界』書評

・11/15 『レコード・コレクターズ』誌12月号 近田春夫筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』書評


【ライナーノーツ】

・5/26 M.J LOVERS『Rhapsody in Winter』再発CD

tower.jp

・6/30 IKKUBARU『アミューズメント・パーク-エクスパンデッド・エディション』

www.hayabusa-landings.com

・7/7 モノ・フォンタナ『クリバス』再発CD

https://diskunion.net/latin/ct/detail/1008243579

・7/7 鈴木茂『COSMOS’51 ≪2021 SPECIAL EDITION≫』

crowntokuma-shop.com

・7/30 サム・プレコップ『イン・アウェイ』

headz.stores.jp

・7/30『アロエ その不思議なサウンド』再発CD

www.della.co.jp

・9/8 V.A.『魅惑のムード・ミュージック ベスト』

www.kingrecords.co.jp

・10/20 エラード・ネグロ『Far In』

www.beatink.com

 

【講演/番組出演】
・1/30 美学校 特別講座「ゼロから聴きたいシティポップ」講師担当 (ゲスト・スピーカー:長谷川 陽平、モーリッツ・ソメ、加藤 賢)

・9/17 AIR-G「北川久仁子のbrilliant days×F」シティポップ特集コメントゲスト

 

【制作関係】
・3/17 浅井直樹『ギタリシア』A&Rディレクター担当

p-vine.jp

・4/14 冬にわかれて『タンデム』プレスリリース執筆

uroros.net

・6/18 映画『青葉家のテーブル』音楽協力

aobakenotable.com


【取材協力】

・9/2 Bandcamp Daily “The Mystery of Cyber-Occult Maestro Henry Kawahara”コメント

daily.bandcamp.com

 

【DJ】 
2/20 渋谷頭バー「音楽会」withDJ Pigeon, Banana, Yui Takahashi, Kento Ise, Moppy, 坂田律子, デラ 

10/29 高円寺knock「ochakai」with goboy,kento.ise,yui.takahashi

CDさん太郎 VOL.27 2020年秋 購入盤より抜粋版

こんにちは。大分久々の更新となるCDディグ日誌『CDさん太郎』です。
更新の止まってしまってしたこの間もコツコツとCD購入は続けておりまして(もちろん緊急事態宣言で一時中断はあったにせよ……)、増え続けるそれに対処すべく宅のラックを増設したりと、まあ相変わらずの状態でありました。 

9月には、「DJ PIGEONの知らない音楽」というイベントが渋谷の頭バーで開催され、主催のDJ PIGEONさんはじめ、珍盤亭娯楽師匠さん、数の子ミュージックメイトさん、デラさんという強すぎるメンツとともにDJ出演させてもらうなどもしました。そのイベントがあまりに濃厚で、一時すこし燃え尽き症候群のようになってしまいましたが、最近はまたペースを取り戻し、コツコツとCDを買い集めているのでした。
今回はそんな中からひとつかみ、抜粋的に紹介をしてみようと思います(これが最近のベストディグであるとか、特段の意図はなく、あくまで「ひとつかみ」です)。

 

本シリーズ「CDさん太郎」要旨、並びに凡例は下記第1回目のエントリをご参照ください。
(もう去年の2月の話なのか……ここで述べたこともそれなりに共通認識化した(?)ように感じたり、感じなかったり)

shibasakiyuji.hatenablog.com

 

 

1.

f:id:shibasakiyuji:20201024161557j:plain
アーティスト:Shell HELIX
タイトル:Quality Drive Sound What is Shell HELIX?
発売年:不明(1990年代後半〜2000年頃?)
レーベル:昭和シェル石油株式会社
入手場所:ブックオフ駒沢大学
購入価格:290円
寸評:昭和シェル石油株式会社のエンジンオイルシリーズ「Shell HELIX」の販促のために制作されたオリジナルノベルティCDです。カーケア商品を扱う店の店頭などで配布されていたものなのかもしれません。クレジットをみてもどこにも製作年が記載されていませんが、音質などから推察するに1990年代後半から2000年頃にかけて録音されたものではないかなと思います。インターネットを調べてみても、オークション等への出品情報しか出てこず、よくわかりません。音楽性としては、ガットギターを主軸としたアコースティックなジャズ〜ボッサ、という感じで、正道的なイージーリスニングです(アーティスト名義は匿名なので、誰が演奏しているかも不明)。ちょっとカリオカなどと近いでしょうか。予算の都合上だと思いますが、生楽器に加えてリズムが打ち込みされていたり、すこしだけ面白い場面も。もっとも良いトラックは①の「TIME MASCHINE」で、主情的なバイオリンがうざったいですが、カホン(の打ち込み?)なども交えたイージークラブジャズ。本盤はドライブ向けに特化した音楽集ということですが、ネットの出品情報によると夏をテーマにした別作もあるようです。

 


2.

f:id:shibasakiyuji:20201024161637j:plain
アーティスト:パチャママ
タイトル:大地母神
発売年:1995年
レーベル:大地母神
入手場所:ブックオフ駒沢大学
購入価格:290円
寸評:1970年にキングレコードから歌手としてデビューし数枚のLP/シングルのリリースもあるオカリナ/シンセサイザーサンポーニャ/コチョーラ担当の野上圭三と、現在はジャズドラマーとしてもローカルに活動する打楽器担当・柿本秀明によるユニット、パチャママのおそらく唯一作。パチャママというのはケチュア語アイマラ語で「母なる大地」を意味する語だそうで、アルバムタイトルもそこからきているようです。野上氏は中南米ギリシャ、エジプト、中近東を放浪し民族音楽を学んだ経験があるそうで、その嗜好が濃密に反映された純ニューエイジ作です。とはいえメロディーやハーモニーの感覚は逃れ難く「和」で、そのあたりからし菩提樹など和ニューエイジのレジェンド達にも近い印象。しかしながら、自主制作らしい荒削りさも随所にあり、とくにシンセの音が録りっぱなしというか、鳴らしっぱなしな野放図さがあって面白いです。全編にわたって歌謡集が漂う中、③「トゥリシュール」のドープさが際立っており、きわめてシンプルなドローンにふわふわと上モノが乗るアンビエント性の高い曲。後半になると各種打楽器も交わり、なかなか面白い。⑨の「エピローグ」もミニマルなシンセがゆっくり反復するだけの曲で好ましく聴けます。

 

 

3.

f:id:shibasakiyuji:20201024161701j:plain
アーティスト:夏絵菜
タイトル:She loves summer 夏物語
発売年:1992年
レーベル:エイベックス
入手場所:ブックオフ駒沢大学
購入価格:510円
寸評:『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』掲載盤。本『CDさん太郎』Vol.23で取り上げたMAYUMIと同じく、当時いまだ海の物とも山の物ともつかぬ存在だった初期エイベックスが送り出した邦楽カヴァーもの。夏絵菜が何者なのかは不明で、そのへんでスカウトした新人さんということなのだと思いますが、歌唱力も中の上といった感じ。ここで注目すべきはそのトラックで、コンセプトに夏を掲げている通り、全編ラヴァーズロック風でまとめられています。取り上げる曲は「SUMMER CANDLES 」(杏里)、世界でいちばん熱い夏 (Princess Princess)、「真夏の果実」 (Southern All Stars)、「夏のクラクション」(稲垣潤一)、「八月の恋」(森高千里)、「ガラス越しに消えた夏」(鈴木雅之)、「ミスター・サマータイム」(サーカス)、「湘南MY LOVE」(TUBE)「君のハートはマリンブルー」(杉山清貴オメガトライブ)「STILL I'M LOVE WITH YOU」(角松敏生)。シティポップ的重要曲も多いので、それなりに楽しんで聴けますが、いかんせんぬるい……。クレジット記載がないため全打ち込みのオケは誰が作っているのか不明。

 

4.

f:id:shibasakiyuji:20201024161726j:plain
アーティスト:佐々木幸男
タイトル:Jealousy
発売年:1990年
レーベル:ワーナー・パイオニア
入手場所:高円寺BE-IN RECORDS
購入価格:250円
寸評:オールドロックの高額盤の多く揃った高円寺のBE-IN RECORDSは、オリジナル盤信仰の薄い自分としては頻繁に行くことのない店なのですが、フラッと入ってみたらCD全品50%オフのセールを催しており、何枚か購入。佐々木幸男はポプコンをきっかけにデビューし70年代後半から長く活動するニューミュージック系のシンガーソングライターで、デビューLPの『ほーぼー』(77年)を始めとして良質な作品を多くリリースしている人です(個人的には82年の『Yes』が特に素晴らしいと思います)。これはCD時代に入ってから久々にリリースしたアルバムで、ロンドンで活躍する日本人ベーシスト、クマ原田のプロデュースの元現地録音されたもの。原田まわりの手練(ジェリー・コンウェイ、マックス・ミドルトン、スノーウィー・ホワイトなど、かなり豪華)が全面参加しており、なによりもまずオケの質が相当に高い。米国録音の同様企画もこの時期多発していますが、それらのようにアッパー&シャイニーにすぎず、英国ソウルの伝統を感じさせる硬質なアレンジなのが良いですね(好みが分かれるかと思いますが、ホワイト・ブルース色も有り)。佐々木のスモーキーな声質にもよくあっているように思います。彼の自作曲はニューミュージック的な湿り気を帯びたメロディーを持つ曲が多いのですが、こういうアレンジを得ることでむしろ輝きを得ている気もします。ベストトラックはメロウボッサ⑨か。ちなみに本作、伝説のライトメロウ系ブログ「Music Avenue」でも取り上げられていました。

 

 

5.

f:id:shibasakiyuji:20201024161753j:plain
アーティスト:アンディーズ
タイトル:アンディーズ
発売年:1996年
レーベル:ソニー
入手場所:高円寺BE-IN RECORDS
購入価格:150円
寸評:Tスクエアのギタリスト安藤まさひろが後にバンドへ参加することになるキーボーディスト難波正司と組んだユニット「アンディーズ」によるアルバム。Tスクエア本隊もそこまで聴いているわけでない私ですが、冒頭、いきなり私が苦手とするかのバンドの要素が増幅されたようなハードフュージョンチューンが飛び出してきてなかなかツライ……と思っていたところ、元シーウィンドのポーリン・ウィルソンをヴォーカルに迎えたアップリフティングなライトメロウチューン④で、ありがとうございます。続く⑤や⑦も品の良い生音系フュージョンで悪くありません。それにしても、帯に大きく「脱ジャンル宣言」とあって、どんな音楽なんだろう?と期待していましたが、フュージョン、ロック、AOR想定の範囲内で料理した印象を超えるものでなく、そりゃそうか……という感じ。

 

 

6.

f:id:shibasakiyuji:20201024161824j:plain
アーティスト:斎藤岳司
タイトル:光・響・詩
発売年:1997年
レーベル:ナチュラルヒーリング
入手場所:ブックオフ阿佐ヶ谷店
購入価格:500円
寸評:氣功師/ヒーラー/神秘研究家の刑部恵都子が主宰するナチュラルヒーリング研究会というニューエイジ団体が制作したオリジナルCD。その時点で最高潮に抹香臭い極北的ニューエイジで、こういうものは往々にして音楽的には残念なものが多い印象なのですが、本作はかなりイケます。まずそのコンセプトがすごい。研究員(?)23人とともにギザのピラミッドまで赴き、暗い玄室内で耳にしたという(?)光の精霊達が奏でる音楽を再現する目的で作られた由。実際に音楽を制作した斎藤岳司という方がどういうミュージシャンなのかもまったくわからないのですが、時折モロにクラウス・シュルツェ〜伊藤詳系譜というべきシリアスなシンセサイザーミュージックを聴かせてくれるのでした。①や⑧あたりはかなり良いのでは。とはいいつつ、このCDの主役はあくまで刑部恵都子先生であり、彼女の霊妙な語りが大フィーチャーされています。その内容はもちろん、声質や話し方も含めてなかなかすごい雰囲気です。

 


7.

f:id:shibasakiyuji:20201024161849j:plain
アーティスト:向後隆
タイトル:音の礼拝
発売年:1993年
レーベル:プレム・プロモーション
入手場所:ブックオフ阿佐ヶ谷店
購入価格:510円
寸評:向後隆は、芝浦工業大学・電子工学科出身で、卒業後は赤井電気の電子楽器開発部署にてシンセサイザーの企画/開発にあたっていたという経歴の持ち主。その後86年からインドに渡り演奏修行を重ね、ベンガル地方の弓奏楽器とシンセサイザーを使った環境音楽を制作してきた人で、Awa Recordsの名コンピ『しおのみち二の巻』に参加していたり、ポップス系のレコーディングにも顔を出すなどかなり広範囲に活動しており、単独作もかなり多くあるようです。これは俗流アンビエントの名門であるプレム・プロモーションから93年にリリースした作品で、ヨガ体操実践のための背景音楽として使用することを推奨されています。よくあるインド古楽器系のニューエイジかと思えばそうでもなく、抑制的なメロディーや浮遊感あるハーモーニー、シンプルな構成はかなり正統的環境音楽を思わせるものであり、イーノからの影響も色濃く感じます。打楽器を交えたミニマルな曲も好ましい。そういわれると、ジャケットにもどこか品格がありますよね。

 


8.

f:id:shibasakiyuji:20201024161914j:plain
アーティスト:山木秀夫
タイトル:Tentelletsque
発売年:1990年
レーベル:創美企画
入手場所:ユニオンレコード新宿
購入価格:650円
寸評:マライアでの活動をはじめとして日本の音楽シーンを表から裏から支えまくってきた天才ドラマー山木秀夫のファーストソロ作。これは素晴らしいアルバムです。元々生田朗のプロデュースで制作が進められていたらしいのですが、氏の死去により途中から吉田美奈子がバトンタッチして完成させたアルバム。生音と打ち込みの棲み分けが判別し難い部分があるのですが(それくらい巧みなプロダクション)、ドラムと時折聴かれる吉田美奈子のヴォイス以外基本的には打ち込み中心なのかなと思います。コンピュータープログラミングを担当しているのが椎名和夫だというのも面白い。内容的には全編今こそ聴きたい硬質な和レアリック、電子ファンク、アヴァンギャルドジャズ、ポストモダン民族音楽のオンパレード。ペッカーとの仕事などもそうですが、吉田美奈子アヴァンギャルドサイドが炸裂しまくっている印象で、山木氏はもちろん、改めて本当に偉大な人だなと再認識。⑥には近藤等則氏(安らかに……)も参加。96年にMIDIから再発されているようですが、この初出盤含めてあまり出回っているのを見かけません。アナログ再発されたらけっこう話題になるはず。

 


9.

f:id:shibasakiyuji:20201024161951j:plain

アーティスト:不明
タイトル:効果音楽大全集 マルチメディア「音ネタ」シリーズ⑪ セレモニー編
発売年:1998年
レーベル:キングレコード
入手場所:ハードオフ東松山
購入価格:100円
寸評:キングレコードが得意とする「効果音楽」(ホームビデオや式典などで主に素人が任意に使用すべく作られた実用音楽)連作の中でもひときわ派手なネタが入っていることから、見つけるたびについつい買ってしまう「マルチメディア「音ネタ」シリーズ」の中の一作。各種セレモニーで使用しやすいチャイムやオープニング/エンディング/映像BGM向け音楽(やジングル)が全60トラック収録されています。目当ての「オープニング音楽」と「紹介VTR」のパートにやはり面白いものがありました。異様にメロウな打ち込みフュージョンや、バウンシーなハウスなどが混入しています。例によって製作者は不明。DJの一曲にオープニング用音楽をかけて登場したらかなりウケるのではないでしょうか。数学の教科書みたいなジャケットも良い。